9月26日午後2時から、名古屋地方裁判所第2号法廷において、
第1次原発訴訟の第1回目の審理が行われました。
第2号法廷は、傍聴席が90席以上はあると思われる大きな法廷ですが、
原告の方や傍聴人で満席となり、皆さんの関心の高さがうかがえました。
傍聴席が満席で、残念ながら傍聴できなかった方もいらっしゃったようですので、
当日の様子をお伝えしたいと思います。
なお、以下の記載は、私の個人の知見と感想です。
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開廷前
原告代理人席には10数名の弁護士と原告の方
被告代理人席には東電と国の代理人10名
満席の傍聴席
裁判官の入廷を待つ法廷の空気は張り詰めていたように感じました。
午後2時 裁判官3人入廷
(この裁判は合議といって、3人の裁判官により審理されています。)
裁判長の「第1回の審理を始めます」という声で審理が始まりました。
審理開始
今回は第1回ですので、まず、提訴(平成25年6月24日)から
これまでに原告・被告双方が提出した書面を陳述し、
証拠を取り調べるという手続が行われました。
国の代理人から、原告の主張は現時点までのものが全てであり、
今後の主張を制限するかのように求める発言がありましたが、
原告代理人は、今後も必要な争点については主張反論する旨述べ、
裁判長も、必要な争点については適宜主張するのが一般的であるとしました。
午後2時8分
愛知県弁護団団長細井弁護士による意見陳述
原発事故の内容、その責任の所在、今回の訴訟の意義、
住み慣れた土地を離れ避難を余儀なくされた原告の方々の現状等を
分かりやすく説明されました。
団長のこの訴訟にかける思いが伝わる意見陳述でした。
午後2時20分
第1次訴訟の原告であるOさんによる意見陳述
今回の審理で最も印象に残ったのが、このOさんの意見陳述です。
裁判長から指名を受け、原告席から立ちあがったOさん、
緊張されていたのがこちらまで伝わってきました。
Oさんの隣には、震災当時Oさんのお腹にいた子を抱えたご主人もいらっしゃいました。
Oさんは、原発事故によりこれまでの生活が一変してしまったことを、
あふれ出る涙を必死でこらえながら、はっきりとした口調で述べられました。
Oさんの意見陳述は、
原発事故が起こるまでの夫と子ども達との幸せだった家族との生活、
お腹の中に赤ちゃんがいる状態で原発事故に接した恐怖、
ご主人を残して子ども達と身重の自分だけが避難するという決断をするまでの苦悩、
慣れない避難先での生活の苦しみ、放射能に対する将来の不安など、
原発事故によって、何の罪もない幸せな家族が、
言い表せないくらいの不安に突き落とされてしまったことを
ありありと語るものでした。
傍聴席からは、Oさんの意見陳述に涙する声が聞こえました。
多くの方が、この意見陳述には胸を打たれたと思います。
裁判官3人の心にも、Oさんの思いが届いたことを願わずにはいられません。
午後2時30分 原告代理人による意見陳述
原告代理人上田弁護士により、本件訴訟の概要について、
パワーポイントを用いて説明がなされました。
東電と国の責任については、
国会の資料や東電も加わっていた勉強会の資料等の客観的証拠を指摘しつつ、
非常に明快な説明がなされました。
また、放射能の健康被害についても、
晩発性であることやしきい値が存在しないこと等の科学的見地から、
原告の方が放射能に対して不安を抱くことは当然であることの説明が
ありました。
午後2時45分 閉廷
次回期日は、12月12日(金)午後1時10分からと指定され、閉廷しました。
なお、当日の裁判での資料を添付しますので、ご参照ください。